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こころの息吹

「‘わたしとは何?’を探究」するこころの旅路を徒然なるままに綴っています♪♪

【空手3日目】‘訳分からないスパイラル’のど真ん中で足踏み状態

時には鏡に映る師範のしなやかな動きを凝視しながら、

時には隣で型を決める色帯の人の四肢の向きを確認しながら、

視線であっちやこっちやと追いかけているうちに

自分のこの手がこの足が左なのだか右なのだかこんがらがってくる。

 

一日も早く、せめて

周りの人の動くタイミングと同じように、

自分のこの両手と二の足をごく自然に操縦できるようになりたい。

 

 

練習あるのみ…ですね。

 

 

そう言えば、今日は満月。

今、空の月は、牡羊座に位置しています。

takeoichikawa.hatenablog.com

お気に入りブログの中に、こんな記事を見つけました。

 

牡羊座満月のキーワード。

「失敗を認め、古いやり方を終わらせる」

わたしのこれまでの人生においての、失敗。

何だろうな…と、昨日今日と思いを巡らせていました。

 

思いあたることがひとつ。

 

小学生の頃から周りに恥ずかしげもなく公言していたこと。

「わたし、努力と練習が嫌いなの」

そう、

「少しずつ積み重ねてものにする」ことなく、

興味を持ったいろいろなこと、中途半端に宙ぶらりんにしてきた。

自分のものとして身になっていることなど、何一つない。

 

「興味ある何かしらの分野で、有名になりたい」

幼い頃からのこの想い、内に秘めた野望だけは無意味に大きかった。

だけど有名になるその陰で、その類の人たちは積み重ねを欠かさない。

 

練習だったり努力だったり、

またそれらの積み重ねだったり、

もしかしたらそれらは本人にとっては

日々ただただ夢中になって取り組んだ結果に過ぎないのかもしれない。

 

そういった地に足つけた長い道をヒュンと一瞬で飛びこえて

一夜にしてその称号を手にできればと、わたしは本気で思い続けていた。

 

 

何でもいい。

これまで何かに‘本気’で取り組んだことがあっただろうか?

…おそらく、ないだろう。

今現在の日常が、それを見事に教えてくれているではないか。

 

‘本気’がなかった人生。

そこに成功も失敗もない。

 

そうか、わたしは失敗と呼べる勲章すらないのか。

失敗がなければ、成功などあるはずもない。

失敗にも満たない、成功にもたどり着けない。

 

「中途半端な人生」とは思っていたけれど、

中途半端とは、このことを示していたのか…と

今こうしてキーボードを打ちながら、納得する。

 

 

わたしにとっての‘失敗’とは。

失敗と言えるのか?…という疑問は残りつつ、

「練習と努力が嫌い」と公言することで

自身の人生に責任を負うことを放棄してきた…ということかな。

少々大げさな表現かもしれないけれど、そうなのだと感じる。

 

 

道場に通い始めて、空手の動作や柔軟体操をしていると、

「自分自身の扱い方」についての手ほどきを受けている感覚に包まれる。

必要最小限の力で身体に備わる機能を最大限に活かすための動かし方や姿勢。

 

 

カラダもココロも、カチカチで、がんじがらめ。

しなやかな動きの土台にあるのは、柔軟性のあるカラダ。

たおやかな所作の基盤にあるのは、認め受け入れ許すココロ。

 

わたしはわたしの人生をめちゃくちゃにした

「わたしとしての人生を生きること」に無責任すぎた

わたし自身に、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを抱えている。

 

 

話が随分とそれてしまったけれど、

空手を通して、すでに、一つの挑戦が始まっている。

「同じことの繰り返しを、ただひたすら、積み重ねていく」

 

いつも道着を着てから道場へ向かうのだけれど、

道着を手にするまで「道場へ行く」ことへの抵抗感が半端ない。

それはきっと、練習嫌いを公言してきたこれまでのわたしの悪あがき。

ここに打ち克って通い続けることもまた、挑戦のひとつ。

 

 

よし!

やるぞっ!!

 

 

 

翠桜-Miou-